ランドセルの金具の音で、僕は泣いてしまう

 

 

恋愛をすると女は綺麗になり、男はつまらなくなる。

 

ラッパーよろしくキャップを被り、色の薄いジーンズと白Tシャツに着替えた頃には、もう朝の11時になっていた。昨晩一糸纏わぬ姿で僕を抱きしめながら、「暑いね」と言った彼女もすっかりよそ行きの格好に変わっていた。

 

電車に乗ると彼女は眠り始めた。時折差す梅雨に似合わない陽の光が色白な彼女を溶かす。幸いこの電車で終点まで向かうらしい。僕たちはこのくらい浮かれて惚けていることによって成り立っている。サプライズのない穏やかな日常を2人で過ごすことの難しさをよく知っている。

 

動物園に向かう僕たちは最寄りの駅で降りた。コンビニ一つない駅前に不安に駆られたが、汗をかいた互いの手を離さずに歩みを進めた。しばらくすると、不穏なフォントで描かれた「近道」という文字があった。田舎のダサさを鼻で笑いながらその方向に進むと、「姫宮落川」を見つけた。田舎の地で不遇の死を遂げた平安時代の若姫の姿を思いながら、しみじみとした思いで橋を渡った。

 

 

この日、久々に顔を出した太陽は、眼前に見える廃れた動物園を錆び付かせるような勢いで光を放っている。

 

動物園のゲートを潜ると、2時前にも関わらずBGMに悲しげなメロディーが流れていた。子供達のはしゃぐ声、眩む太陽と相まって、小学校の通学路がフラッシュバックしてきた。

「どっち側から行ったらいいのかな??」

と尋ねる彼女の声に引き戻され、僕は手を一層強く握り、獣の匂いのする方に向かった。

 

ソフトクリームを食べたり、鹿に餌をあげたり、ホワイトタイガーがぐったりしていたりした。ふわふわとして、何を話していたのか、僕はその時何を考えていたのか覚えていない。夏のせいだったのだろう。

 

 

最後に観覧車に乗った。じっとりと汗をかいた僕たちを乗せてどんどん上まで上がっていく。

 

近くから見る観覧車の、無機質な、夢も何もない構造が大好きだ。遠くから見ると綺麗なものを近くから見ることによって、その汚さや醜さを知ることができる。こんな考え方で僕は今まで沢山の女の子を傷つけてきた気がする。

 

頂上へと着いた。どこを向いても家々か田畑が広がるばかりで、面白いものはなかった。

「楽しかった?」僕は彼女に聞いた。

「楽しかったよ」

マスクを少し下にずらし、彼女が答えた。暑さで顔を赤くした彼女は、太陽の光に打たれた辛さを少し浮かべながら、それでも僕を見つめて笑った。静かに降り続ける観覧車は、この時間を濃くした。

 

 

閉園の時間となった。僕たちは出口へ向かいながら『蛍の光』を聴いていた。

「この曲が流れると悲しくなるよね」

「うん」

「一日が終わってしまって、慌てて帰らないといけない感じがするね」

僕は逆かもしれないな。

「?」

「この音に寂しさを感じるくらい今日を楽しかったって思えたってことは、すごく幸せだったのかなって思ったりしたな」

 

 

2人は帰りの電車でまた眠った。目を覚ましたときには東京に着いていた。長かった夢を見ていたようだった。

 

 

 

***

恋が終わり、別の何かが始まった。

その結果、渇望がなくなってしまって、全然面白くない文章になった。

おまけに会社に行き始めた。面白くない人間になってしまっている。

スーツ着てる奴は全員が面白くなかった。合掌。